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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)2254号 判決 1964年1月31日

控訴人 被告 山中節郎

訴訟代理人 宮沢邦夫

被控訴人 原告 長田ふじ

訴訟代理人 佐藤孝文

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取消す被控訴人の請求並に昭和三十七年十一月二十七日なした附帯控訴による請求は何れもこれを棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ全部被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め被控訴代理人は控訴棄却の判決並に附帯控訴により請求の趣旨を拡張し、原判決を左の通り変更する、控訴人は、被控訴人に対し、金五十万七千六百八十五円及び内金十九万千八百七十五円については昭和三十六年一月十一日から、内金三十一万五千八百十円については同年三月一日からそれぞれ支払済まで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする旨の判決並に仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は原判決の事実摘示を引用するほか次のとおり附加する。

(被控訴人の主張)

(一)  被控訴人が原請求及び附帯控訴によつて求める請求の数額は、本件建物の所有権侵害による損害金十九万千八百七十五円及び右建物の賃貸によつて得べかりし利益の喪失金三十一万五千八百円と、前者に対する昭和三十六年一月十一日から後者に対する同年三月一日からそれぞれ支払ずみまでの年五分の割合による遅延損害金である。

右金三十一万五千八百円の得べかりし利益は被控訴人が主張する五十一ケ月間に収受し得べかりし家賃から諸経費を差引いた純収益であつて、すなわち昭和三十一年十二月一日以降昭和三十三年三月三十一日までは一ケ月金六千百円の割合で十六ケ月分計九万七千七百六十円、同年四月一日以降昭和三十六年二月末日迄は一ケ月六千二百三十円で三十五ケ月分計二十一万八千五百円以上合計金三十一万五千八百十円である。

(二)  控訴人の申請により為された本件仮処分決定によつて本件建物の占有は仮処分債権者たる控訴人に属したというべきで、本件で主張する昭和三十四年八月十四日の台風については甲府市に来襲を予告されていたのであるから控訴人は執行吏をして本件建物に対する補強措置を講ずべき注意義務があつた。しかるにこれを怠つて放置したため建物が倒壊したのであるから、被控訴人は控訴人の過失に基く不法行為により本件損害をこうむつたものというべきで、これが賠償を求めるものである。

(三)  控訴人の後記各主張を争う。

(控訴人の主張)

(一)  本件四十六坪二合七勺の土地は道路に沿う十九坪一合一勺九の部分(仮にA地と呼ぶ)とその裏に当る二十七坪一合五勺六(仮にB地と呼ぶ)に分れるが、右B地は表公道に通じる部分が幅三四尺で建物を建てることは危険であり、建築法規上も建築は許されない土地であつたので、右B地部分には建物を建てないで家庭菜園として利用することを条件として控訴人は渡辺にこれを賃貸していた。そこで渡辺はB地には建物を建築せずA地にその建物が存在していたのである。

被控訴人は渡辺より右AB両土地の賃借権とA地上の建物を譲受けたもので控訴人は右土地賃借権の譲渡に承諾を与えたのであるが、被控訴人に対して更に右賃借権を自由に他人に譲り渡すことを許容したことはない。しかるに被控訴人は昭和三十一年九月中右B地上に本件建物の建築に着手し、なおA地上の建物をA土地の賃借権とともに訴外細野尚治に譲渡したのである。よつて控訴人は被控訴人が無断で右B地上に建物を新築し、又控訴人の承諾を得ることなくA土地の賃借権を他に譲渡した契約違反について同年九月二十一日被控訴人に対し本件四十六坪二合七勺五才の土地の賃貸借契約解除の意思表示をしたのである。従つて控訴人のした右賃貸借契約の解除は有効であり、被控訴人は右B地上に建築着手した本件建物を収去して本件土地を控訴人に明渡す義務があり、控訴人のなした右建物の建築続行禁止の仮処分の執行は違法のものではない。

(二)  県内において本件台風による全壊家屋は九〇五戸、半壊家屋は三、一三一戸、一部破壊は九、九二五戸に及び本件建物の倒壊も不可抗力によるもので、本件仮処分の執行との間に因果関係はない。

(三)  仮に本件仮処分が違法なりとしても、被控訴人は前記B地上に建物を建築しないという約定に反し、しかも建築基準法違反の建物を建築したのである。又本件建物の占有は控訴人の為した本件仮処分決定の執行にかかわらず建物所有者である被控訴人にあつたのであり、しかも仮処分決定の主文第二項には建物保存のための必要行為は債務者たる被控訴人の申出により執行吏に許容さるべき旨定められている。従つて台風による被害予防の措置は被控訴人において可能であつたにかかわらず同人がこれを施すことを怠つたものである。よつて本件については被控訴人の過失が斟酌さるべきものである。

(四)  なお本件建物は階下五坪八合、二階五坪であり、被控訴人の主張する如く、階下八坪二合五勺二階六坪の建物ではない。甲第三号証の見積書の建物と現実に建てられた建物はその坪数において相違している以上損害の算定にあたり甲第三号証の見積価格は採用することはできないというべきである。

(五)  控訴人が台風の来襲に備えて本件建物について被害予防の措置をしなかつたことは認める。しかし右予防措置をしなければならぬ義務はないから被控訴人の前記(二)の主張は理由がない。

(証拠関係)

控訴人は乙第二乃至十二号証を提出し、当審証人窪田美津平、植松卯八の証言、当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、被控訴人は当審における被控訴人本人尋問の結果を援用し、乙第二号証は不知、同第三乃至十二号証は各成立を認める、なお乙第七乃至十一号証が本件の台風の記事であることは争わないと述べた。

理由

訴外渡辺修身が控訴人から同人所有の甲府市二十人町第五十番地宅地二百二十六坪一勺のうち四十六坪二合七勺五才を賃借していたところ、被控訴人は昭和三十一年六月二十六日右渡辺から控訴人の承諾を得て右土地賃借権を譲受けたこと、同年九月一日被控訴人は右土地の一部に建設されてあつた被控訴人所有の木造瓦葺二階建建物一棟建坪約二十五坪の所有権を、その敷地の賃借権とともに訴外細野尚治に譲渡したこと、控訴人は被控訴人の右賃借権譲渡行為に土地賃貸人たる控訴人の承諾を得ないでしたものであるとして被控訴人に対し賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたうえ同年九月二十四日右土地明渡請求権保全の為と称し本件建物に対し被控訴人主張の内容の仮処分決定(すなわち本件土地上に建築中の木造板葺未完成二階建建物一棟に対する被控訴人の占有を解いてこれを執行吏の保管に移し、被控訴人の右未完成建物の工事続行の禁止を命ずる趣旨のもの)を得てその執行をしたこと、右仮処分の執行は昭和三十六年三月九日控訴人の申請による取消のあるまで維持せられたこと、右建物は仮処分執行中昭和三十四年八月十四日台風襲来の際未完成のまま倒壊するに至つたことは当事者間に争がない。

被控訴人は、右仮処分の本案たる控訴人の被控訴人に対する建物収去土地明渡の請求権は当初から存在しないものであるにかかわらず控訴人は故意或は少くとも過失により右請求権があるものと偽わり、その権利保全の為仮処分の執行をしたもので、右は違法な仮処分の執行であると主張し、控訴人はこれを否認するのでまず右被保全権利の存否について検討する。原審並に当審における証人窪田美津平の証言及び控訴人本人尋問の結果原審並に当審における被控訴人本人尋問の結果の一部を総合すると次の事実を認めることができる。

(一)  訴外渡辺修身は昭和二十六、七年ごろ控訴人からその所有の本件土地四十六坪二合七勺五才を賃借し、その内の公道に面する約二十坪の地上(控訴人が前記に述べているA地の部分)に二階家を建築所有していたところ、被控訴人は昭和三十一年八月ごろ右渡辺の申出により右建物を買取ると同時に敷地である四十六坪二合七勺五才の賃借権を譲受けた。右賃借権を譲受けるについては被控訴人は渡辺を通じ控訴人の代理人である窪田美津平と折衝し、土地賃貸人である控訴人の承諾を得、いわゆる名義書換料として金三万円を控訴人に支払つた。

(二)  被控訴人が渡辺から右土地賃借権を譲受けるについて控訴人と交渉した際、被控訴人は渡辺を通じ前記窪田美津平に対し、右譲受けた土地賃借権を将来更に第三者に譲渡してもよいかと問いただしたところ右窪田は、一年位の内ならば控訴人に伝え諒解を得られるであろうと答えたので、その旨を渡辺から被控訴人に伝えたこと、右窪田が渡辺に答えた趣旨は被控訴人より金三万円を領収しているからもし一年位の短期間内に被控訴人が適当な第三者に賃借権を譲渡することを欲し右譲渡を控訴人が承諾する場合は更に名義書換料としての金員を支払う必要はないであろうとの推測を述べたのみで代理人として被控訴人主張の如き承諾を与えたものではなくまた控訴人が予め被控訴人に対し自由に被控訴人の取得した本件土地賃借権を第三者に譲渡することにつき承諾を与えたものではないこと。

右の各事実を認めることができる。被控訴人は同人が控訴人に対し金三万円の権利金を支払つたことにより本件土地賃借権の譲渡につき予め承諾を得たものであると主張し、原審並に当審における被控訴人本人尋問の結果中にはこれに沿う供述があるけれども右供述部分は前記引用の各証拠に徴し信を措き難いところであり、成立に争ない甲第一号証の記載その他の証拠によるも右認定を左右することはできない。

なお、本件仮処分の本案請求権について控訴人は、甲府簡易裁判所に建物収去土地明渡の訴を被控訴人を相手として提起したが敗訴し(甲第一号証)、控訴人より控訴の申立をしたが右控訴事件の係属中控訴人においてその訴を取下げたことは当事者間に争ないところであるから右訴は初から繋属しないことになり従つて既判力の生じないことは勿論、右訴の取下により控訴人は同一の請求権に基づいて積極的に再訴を提起し得ない結果となるにとどまり、相手方から訴の提起があつた場合それに対する防禦方法としてこれを主張することを妨げないことは民訴法第二三七条二項の規定に照らして明らかである。従つて当裁判所が本案の請求権についても前示一審判決と異なり前記の如く認定することは何等妨げないと謂うべきである。

以上の如くであるから、被控訴人が訴外細野尚治に本件土地賃借権の一部を譲渡したことは控訴人に無断でしたものというほかなく右無断譲渡を理由に控訴人が被控訴人に対し本件土地全部に対し賃貸借契約の解除の意思表示をしたことは正当で、右解除により被控訴人は本件未完成の建物を収去し敷地を控訴人に明渡すべき義務を負担するに至つたものといわざるを得ない。従つて右土地明渡請求権の保全のため被控訴人に対し建物工事の続行を禁止する必要があることも明らかで控訴人の仮処分執行は正当な権利に基いたものというべきである。

被控訴人は本件仮処分の執行により建物の占有は控訴人に移転したとして台風の危険による補強措置を講ずべき義務が控訴人に生じたと主張する。しかし前記摘示の本件仮処分はその内容から看て債権者たる控訴人をして本件建物の占有者たらしめるものではなく、従つて控訴人はその執行に因つても建物の占有者乃至保管者となるものではない。却つて右仮処分執行によつて建物の占有者となつたのは当該執行を為した甲府地方裁判所執行吏であることは右仮処分の解釈上明らかである。従つて債権者たる控訴人に占有権があり保管義務者としての責任があるとする被控訴人の主張は理由がないと謂うべきである。また右の場合債権者たる控訴人は執行吏に対し執行吏が善良な管理者としての義務を尽くすように指示監督する責任をも負担しないと解すべきである。蓋し民事訴訟法第七五六条、第七四八条、執達吏規則第一条、第三条、執達吏手数料規則第七条一項、第七条ノ二等の規定並に本件の如く不動産に対する債務者の占有を解いて執行吏の保管に移す旨を内容とする仮処分の執行の委任に対しては執行吏はその受任を拒否することなくその職務として之を実行している沿革(若しこれが執行吏の職務の範囲に属しない場合は執行吏は之を拒否することが出来るのは言うまでもない)に照らして考えると、本件仮処分の目的たる建物の占有は執行吏がその職責上国家の機関として国家の有する権限に基いてこれを占有しているものであつて、執行吏は私法上債権者に対して代理乃至は委任の関係に立たないと解すべきだからである。尤も執行吏がその職務として為す仮処分(又は仮差押)の執行の範囲は執行吏の職務として法律上為すべき強制執行とその範囲を等しくすると解すべきであるところ、本件の如く執行吏が債務者の不動産の占有を解き之を自ら保管することを内容とする執行は強制執行中にその例を見ないがこれに類似する場合として民訴法第七三一条一項、第六八七条等の規定のある点、前記の如く本件の如き仮処分の執行が執行吏の職務として取扱われて来ている点(仮処分を為す裁判所もその前提に立つて斯る裁判をしているものと見られる)を考慮すれば、斯る執行は国家機関としての執行吏の職務、少なくとも之に準ずるものと解するのが相当である。従つて仮処分執行後の本件建物については執行吏に於いて善良なる管理者としての注意を以て保管する義務があるのであり、若し執行後日時を経たことに因り建物の現況が台風等の襲来に堪え得ない疑が生じた場合には、執行吏は仮処分裁判所に申請してその許可を得て適当な措置を講ずべきであり、その費用は執行費用たり得ることも言うまでもない。

以上の通りであるから本件建物の台風の際の倒壊が果して適当な保管措置を講じなかつたことに起因するか否かを判断するまでもなく被控訴人の本訴請求は理由がないこと明らかであるから之を棄却すべきである。

よつて右と反対の原判決を取消し、被控訴人の本来の請求並に附帯控訴による請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 鈴木忠一 判事 谷口茂栄 判事 宮崎富哉)

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